箱館奉行所

 私が生まれ育った街は函館でありますが、昨年、江戸時代の役所である「箱館奉行所」が復元されました。

五稜郭

 五稜郭といえば、星型の洋風城郭の史跡ですが、堀と博物館の分館と広場があって、散歩したり、運動したり、デート(私はデートで乗ったことはなく、男二人で乗ったことはあります。)でボートを漕いだり、というような施設でありました。

五稜郭の堀 
 

 めぐみ幼稚園という幼稚園に通っていたのですが、庭が狭いことから、運動会は五稜郭公園の広場で行っていた記憶です。

 小学校の遠足にも何回か行ったなあ。もちろん、歩いて・・・。


 そんなところに、昔の建物が復元されるということで、非常に楽しみにしておりました。

函館奉行所 

 今年の8月下旬、ようやく見学することができました。

 堀や堀の中に入っていく橋は昔(40年くらい前?)と変わりないように思いましたが、
進んでいくと立派な建物が・・・。


 松とのマッチングもいいかんじで、江戸時代に土方歳三も同じ風景を見たのかなあ、なんて思ってしまいました。


大広間 

 新しい材料ではありますが、当時をできるだけ忠実に再現しているそうで、本当に大きな大広間だと思いました。

中庭  中庭かいせつ


 中庭や太鼓櫓(16.65メートルあるそうです)は絵になりますねえ。

北側遺構平面図 

 実は、今回復元されたのは、奉行所全部ではなく、1000平方メートル(3分の1ほど)なのだそうです。


 残りは、部屋割りを区画した遺構平面表示により奉行所の範囲が示されているとのことであります。

 3000平方メートルもあり、でかかったのだなあ、ということがわかります。

北側から奉行所 

 日本の城で考えると天守なのか本丸御殿なのか、そのあたりなのでしょう。

 
土蔵 土蔵かいせつ 

 実は、江戸時代当時の建物は、箱館戦争で焼け落ちているのでしょうが、唯一現存しているのが「土蔵(兵糧庫)」であります。

 何回か見学している博物館の分館(これは取り壊されてます)の横のほうに、この土蔵はあったような記憶です。

大筒 

 この大砲は、昔も分館の庭にありましたねえ。「こんなのでどこまでとどくんだろう」なんて、小学生のころ、手で触りながら、友達と話したことも思い出されます。

タワー


 五稜郭から出るところですが、大きく生まれ変わった「五稜郭タワー」が青空に映えてました。


 前のタワーは1964年に出来たのかなあ。五稜郭タワーの運営会社が設立されたのが、1964年のようなので。


 かろうじて、私は生まれていますねえ。昔のタワーの1階には、今でいうゲームセンターがあり、親父さんに連れて行ってもらって、アナログのゲームで遊んだ記憶もなぜか良く覚えています。

 
五稜郭タワー 

 ちょうど、27日付けの北海道新聞の朝刊に、五稜郭タワーの社長さんのインタビュー記事が掲載されていました。

タワー新聞


 本当に大きく立派になった五稜郭タワーですが、自信を持って、「展望台まで一度上がったほうがいいですよ」と言えるような施設です。


 函館を故郷とするmanabeeにとって、この上ない、喜びであります。

函館奉行所パンフ 函館奉行所パンフ2

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かなちゅう

Author:かなちゅう
2002年7月10日からHPを開設してきましたが、PCの調子が悪く新しくしたため、更新できないことから、2010年2月20日にブログを開設しました。

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